私は学校では英語の成績が悪かった。英語は苦手だった。文法は怪しいし、英単語を覚えていない。でも、文章を読むこと、書くことがとにかく好きだったから、日本語訳なんかは好きで、同級生から褒められたりしていた。模試でだけでだがその長所が行きて偏差値50より高い数値が出たこともある。

 長じて、英語は結局得意にはならなかった。苦手を潰すべく刻苦勉励したということもまったくない。だが、十代の終わりから二十代の前半、外国の映画、英語圏の小説、ロックが筆頭に挙がる洋楽などに親しんだため、ゆるく勉強は続けているような気持ちでおり、昔のような高い壁に阻まれたような苦手意識は減っている。通っていた放送大学の英語の授業も結構楽しく受けれた。

 文章の読み書きが特に得意なこともあり、特に英語の「文章」についての苦手意識はまったくない。英語の成績から考えれば明らかにおかしい認識だが、「得意なほうじゃないのか?」という気持ちさえある。洋楽のCDの歌詞カードは読むのが大好きだし、ネットで英語の文章に向かうときも「わくわくする」と言っても良い心境で読解に当たる。

ネットで聞くネットラジオで日本の歌手の人が言っていたのだが英語の本を日本人が読むときは、わからないところがあっても飛ばして全体を読んでいくのが良いのだという。日本の本でもわからない単語があっても読めたりするでしょう?ということだった。それを聞いて納得した。ちょっと背伸びをしたような感じで、レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」のペーパーバックの原書を買って読んでみると、なるほど確かにそんな感じで読めたからだ。
森博嗣という作家がエッセイの中で言っていたのだが、森博嗣は英語、語学は成績の上では苦手で、落第点と言ってよかったという。しかし避けたり諦めたりはしていない、と著書にはある。英語の雑誌やウェブサイトなどを毎日見ているという。趣味の分野、専門の分野なら得意分野だし、わかりたい対象だし、わかろうとして読むので読めるのだという。

森博嗣が出していた結論は「英語を上達したかったら英語で何をわかりたいのか、という目的が必要ではないのか、言葉はメディア、手段だからだ」というものだった。私もそう思う。英語を上達するために英語を勉強するというのも、一部の学問の山に挑むような人以外はなにかおかしいのではないかと思う。より楽しく効率的に英語学習するためには人気の英語教材比較を行って、あなたにとって一番の教材で勉強するのが良いはずです。